有形文化財・洋館
時を超えた建築美
有形文化財の邸宅に
泊まる
国登録有形文化財の洋館は、
創業当時の面影を残す瀟洒な佇まい。
四方にはクラシックなソファやテーブルが並び、
洋館のシンボル・出窓
(ベイ・ウィンドウ)の外には、
海辺の街の穏やかな風景が広がっています。
柔らかな灯りの元、本棚の一冊をめくって
みるのもまた一興。
全てが旅の特別な記憶となる、
大正浪漫の洋館へようこそ。
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かいひん荘HISTORY
海を望む鎌倉のリゾートホテル
「海浜荘」大正13(1924)年、富士製紙社長・村田一郎別邸として
建てられた当館は、
戦後間もない昭和27(1952)年、鎌倉のリゾートホテルとして
開業いたしました。
当館の建物は、当時流行した和風を主体とした
洋館付大規模住宅建築物で、
数多く設けられた出窓(ベイ・ウィンドウ)と
急勾配の切妻屋根、
そしてその上にかけられた丸屋根の華やかな外観が特徴です。 - かいひん荘HISTORYイメージ
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開業当時は周囲の建物もまだ少なく、
お部屋から由比ガ浜を望むことが
できたといわれています。
そのため、宿の名称も「海浜荘」と
漢字表記でございました。
写真は昭和時代の当館パンフレットです。 -
当館ラウンジには往時の品々が
今も残っています。
文化人とかいひん荘
鎌倉の表通りから一歩離れた閑静な立地にある当館は、これまで様々な文化人の方々にも親しまれてまいりました。
昭和40年代には、時の内閣総理大臣・佐藤栄作氏が鎌倉文学館(旧前田伯爵邸)を別邸としたことから、佐藤氏の番記者の方々が当館を定宿としてご利用になり、たびたび記者会見が行われたことも。
また、昭和50年代には、20世紀を代表するピアニスト・スヴァトスラフ・リヒテル氏が、日本公演と保養を目的として数回に渡って来館。愛用のヤマハのピアノを持ち込み、洋室らんの間で逗留されました。
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リヒテル氏来訪時の写真
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リヒテル氏が長期滞在した洋室らんの間
リヒテル氏は練習の合間を見ては、鎌倉中の神社仏閣を訪ね歩いて愉しんでいたといいます。
特に佐助稲荷神社は大のお気に入りで、来日のたびに必ず参拝。宮司さんからいただいた小さな「イナリ」(狐の置物)をお守りとして、公演先の楽屋をはじめ、どこへ出掛けるにも必ず持ち歩いていたようです。
当館から2km程の距離にある佐助稲荷神社。
細い参道沿いに赤い鳥居が連なり、境内には様々な姿の狐が奉納されています。
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有形文化財としての
かいひん荘当館は平成4(1992)年に鎌倉市の景観重要建築物第7号、
平成21(2009)年に国登録有形文化財として指定を受けました。
鎌倉市には明治から昭和初期にかけて建てられた洋風建築物が多く残されており、
当館のある由比ガ浜や徒歩圏内の長谷エリアにも、鎌倉文学館や鎌倉彫寸松堂、篠田邸(旧村田邸)、
柴崎牛乳本店、鎌倉教会会堂など、歴史を偲ばせる建築物が数多くあります。
特にこの地域においては、古典的な洋風建築と寺院や城郭建築の融合など、
和洋折衷の個性的な意匠が見られ、各地のアイスポットとなっています。
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国登録有形文化財(限定一室)
洋館「らんの間」一日一組限定、国登録有形文化財の「らんの間」は、
大正浪漫の香り漂うリビング付のゲストルーム。
庭園に面した出窓(ベイ・ウィンドウ)からは柔らかな陽光が降り注ぎ、
アール・ヌーヴォーの華やかな装飾や調度品が、
非日常の特別なひとときを演出します。※2階客室のため、移動には階段をご利用いただきます。
- 間取り
- ベッドルーム+リビングダイニング
- 広さ 38㎡
- 定員 1〜2名様
- フロア 2階